蝶の夢―With Contact―



貴方なら許せる。
それが例え残酷な生き物でも。



空は今にも泣きだしそうな程に、雲を重そうに低く抱え込んでいた。
セナは空を見上げ、小さく溜息をつきながら、雨が降らないうちに急いで巣へ帰ろうと飛ぶスピードを速めた。
(今日も、会えなかったな・・・)
セナがあの金髪の彼を見なくなって幾日経つだろうか。見なくなると、どうしても会いたくなって、一言でいいから言葉を交わしたくなって、その衝動を抑え切れなくなった。生まれて初めてまもりに嘘を吐き、訝しがられながらも一人で彼を探して回った。

ポツ・・・ポツポツ…ザァァアアァァァア・・・

とうとう空は、セナの気持ちを汲み取ったように大粒の雨を降らせはじめてしまった。慌てて大きな木の下に逃げ込む。こんな土砂降りでは飛ぶことすらままならない。雨が上がるまでは帰れなさそうだ。
「ハァ・・・」
セナは今日何度目かも分からなくなった溜息をつく。木の根元にうずくまって、また、溜息。
「僕、何やってんだろう・・・」
まもり姉ちゃんに嘘ついて、あの人のコトしか考えられなくなって、今はこんな所で雨宿り・・・。
大体、自分は一体、彼を探してどうするつもりだったのだろうか。どうせ、声をかける勇気もないくせに。それに、自分でさえ分からない胸の内のこの感情を何と表現するつもりだったのか。もし仮に探し出せても、彼はもう自分のことなんか覚えては居ないのかもしれないのだ。
考えれば考えるほどに、セナは自分の無鉄砲さに呆れる。情けなくて泣きそうだ。小さくうずくまった身体をさらに小さく縮込ませて、膝を抱えた腕の間に顔を埋める。涙を流す代わりに、また、ひとつ溜息をこぼす。
「ハァ・・・」

「さっきから、ハァハァうるせーんだよ、糞チビ」
不意に、頭上から不機嫌そうな低い、けれど、土砂降りの雨にかき消されない程通った声が降ってきた。驚いて思わず声がしたほうを仰ぎ見る。
「・・・・ッ!!!」
目に飛び込んできたのは、金糸の髪と紅い瞳。
まぎれもなく、セナの探していた彼がそこにいた。


一方、蛭魔は蛭魔で困惑していた。
今だって、セナに声をかけるつもりなんてサラサラなかったのだ。大体、自分がやっている行為がストーカー紛いだと気がついてから、そんな自分に嫌気が差して、セナを避けていたのだから。
それでも、木の枝の上から今にも泣き出しそうなセナを見つけたときは、抱きしめたいと思う衝動を抑えるのに必死だった。つくづく、自分はあの小さな生き物に嵌っているのだと痛感する。セナは自分の事など知らないであろうに。それ以前に、「蝶」からすれば「蜘蛛」はただの捕食者に過ぎず、畏怖すべきものとしてしか見られないだろう。それでも、嫌われたくないと思うのは、愚かだろうか。
そこまで考えて、不図、蛭魔は苦笑を漏らす。全く自分らしくない。

「蝶がこんなトコで何してんだ」
枝の上から糸をつたって、目の前で自分を見つめたまま呆けているセナの横に立つと、そのまましゃがみ込む。セナの視線は、蛭魔から離れることは無かった。
「こんな蜘蛛がウヨウヨしてるトコで、テメーみてぇな蝶がフラフラしてたら食われちまうぞ」
セナの綺麗なグリーンの瞳を覗き込んだまま、蛭魔はニヤリと笑う。
「まぁ、俺が言えた義理でもねーがな」
そう、言えた義理じゃない。だって、ここでセナが蛭魔を拒絶したら食べてしまうつもりだったのだから。嫌われるのならば、最後まで嫌われる事をしてやろうと思っていた。それでも、自分のものになるのならば、それでよかった。


「・・・ッ、ぼ、くは・・・」
口の中が乾いて、上手く言葉が出ない。どうしよう、こんなにも近くに彼がいるのに。
言わなければ。言わなければ。
何でもいい。この気持ちを伝えなければ。
自分が食べられてしまうかもしれないと言う恐怖と、それでも傍にいたいと思う願いの狭間でセナは揺れる。震える両手をきつく握り締め、やがて決心する。二度と会えなくなるかもしれないという恐怖が、傍に居たいという願いの背中を押した。
「僕、は」
それでも、あんなに見たいと願っていた彼の紅い瞳を直視できなくて、セナはギュッと目を瞑る。
一度、大きく深呼吸をして、今度こそ、彼の瞳を見つめて。
「貴方に会いたかったんです」


「・・・!!」
一瞬、セナが何を言ったのか理解できなかった。きっと、今の自分は物凄く間抜けな顔をしているに違いない。でも、聞き間違いではなかった。
(会いたかった・・・?)
「貴方の事を考えてると胸が苦しくて、ここ数日貴方の姿が見えないだけで、悲しくて切なくて・・・そうしたら、会いたくなって、言葉を交わしたくなったんです」
セナは吐き出すように、言葉を紡ぐ。その台詞でさえ、蛭魔は信じられなかった。
自分は蜘蛛だから、拒絶されると思っていた。殺さないで、見逃してほしいと泣き喚かれるのだと思っていた。それなのに、目の前の小さな存在は、蛭魔の瞳を見つめたままに、まるで言わなければ後悔するとでも言う風に懸命に自らの気持ちを伝えてくる。しかも、蛭魔の抱いているものと同じ気持ちを。
「そして、今、貴方と会って声を聞いたら、離れたくなくなった――」
「・・・」
「でも、僕はバカだから、この気持ちがなんと言うものなのかわからなくて、確かめたかった」
本気なのだろうか。この愛しい蝶は。
夢でも見ているのではないのか。でなければ、誰がこんな展開を想像できただろう。
「貴方が、いつまでも僕のココにいて、離れないんです」
セナは、自らの心臓の上にそっと右手を置く。

「これは、『愛しい』という名前で、合っていますか?」






>NEXT(蝶の夢−Desire−)


セナと蛭魔がようやく出会えました・・・。

そして、まだ続きます。
同じ世界観で、オリジナルとここまで違う話ができるとは、私自身驚きなんですが、
蛭魔とセナの行方をもう少し共に見守っていただければ幸いですv

【2006.01.04】